前田九段の〝お目を拝借〞第10手「偽造されたファンの声」

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前田九段の〝お目を拝借〞第10手「偽造されたファンの声」

今回は、NHK杯戦優勝後の順位戦のお話です。私はB級1組に4期、在籍しましたが、そのラス前の期のエピソード。死んだはずなのに、お富さんのように生き返った話であります。

3期目のB級1組順位戦

昭和62年(1987年)の5月、私のB級1組順位戦は第46期の3期目を迎え、心中、密かに期するものがありました。前期は降級者が3名と、通常より一人多かったものの、ナンとか試練を乗り越え残留を確保。また、2月にはNHK杯戦で優勝。その勢いから、今期の順位戦では開幕からロケットスタートを切り、一気に後続を引き離す予定でした。

ところが、その気合と意気込みは凄まじかったものの、肝心のスキル(技能)が追い付かなかったのですね~。

5月29日、初戦の大内さん(延介九段=故人)に負け、出鼻をくじかれ、6月26日の2回戦、塚田さん(泰明九段)にも負け、いきなりの往復ビンタ。さすが皆さん、「鬼の棲み家」の住人。強いのなんの。これはいかんと、気合を入れ直し、ドシフンも締め直して7月に付いた2局に連勝。五分に戻すのですが、私の抵抗もここまでのようでした。9月の2局にまたも連敗。さすがにメゲましたネ。〝三期目の正直〞でA級へ昇級・昇段という目論見は、あえなくオワですから。やはり、将棋は技術の占める割合が大きいのです(当たり前ですよネ)。

その後、2勝1敗とし、トータル4勝5敗で昭和63年の新年を迎えます。首筋がお寒い中での新春でしたが、この時点では他の人との成績の兼ね合いから、あと1勝すれば降級は免れる状況でした。

とはいえ、技量の差は大きく、1月22日、2月5日とまたまた連敗。〝あと1勝〞は果てしなく遠いものだったのです。

全12局の総当たり戦。これで4勝7敗。とうとうと言うか、またしてもと言うか、情けないことに3期連続、3月の最終局にすべてを懸けることになりました。

今期の降級は通常どおりの2名。すでに一人は降級が確定し、残りの一人は私を含めて3名が争う状況で、最終局は二上さん(達也九段=故人)との直接対局になりました。元旦に、「君だけだ、負けてくれるのは!」という〝ありがたい賀状〞も拝受しています。ただこれは、私を熱くさせ動揺を誘う盤外戦術(原価40円は安上がり)。私の対二上戦は1勝4敗ですから、彼には美味しい〝カモ〞と映っているのです。誘いに乗ってはいけないのですが、ここまで露骨にからかわれると、血圧は上昇してしまいました。

事態は急展開。降級は・・・?

ところが、3月11日の最終局の少し前、ここで思わぬ状況が生じます。2月24日、私と同じB級1組にいた板谷さん(進九段)が「クモ膜下出血」で急逝。これに伴い理事会が開かれ、前例に倣って、降級は1名だけと決まったのです。

当時、理事だった武者野さん(勝巳七段=引退)から、「前田君、降級は免れたよ」と聞いた当初は、ナンのことか分かりませんでしたが、最終局を前に極度の緊張状態に置かれていた私は、(板谷さんには誠に申し訳ないのですが)正直、ホッとしたのです。降級すれば年収は3割減になるなど、諸々のことが日々、頭を巡っていた私は、武者野さんの話を聞いていくうちに、徐々に全身から力が抜けていくのが分かりました。

ただ、外野は、「あぁ~あぁ~、ツマんねぇなぁ~」と騒いでいたようです。将棋界の住人は人の不幸が大好きですからネ~(あくまでも将棋の勝ち負けに限ったことですけど......)。

それにしても、まさかこういう形で降級を免れるとは(当然ながら)読みになく、将棋は実力だけではなく運もあるのだと思い、同時に、名古屋に向かい深く合掌をしたのでした。

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在りし日の板谷進九段。関西、東海地区の重鎮として将棋普及にも熱心であった。

再度、ところが! 最終局の一週間前、突如、将棋連盟から緊急の電話連絡!

「手合い係のSです。前田先生は、落ちることになると思います

「ハァ......??」

B級1組はやはり2名、降級です

「ハァ......」

「多くのファンから、〝B級1組で降級が1名とは、けしからん!〞との声が寄せられ、事務方としては捨て置けなくなって大山会長(康晴十五世名人=故人)に直訴したところ、今回、前例の内規を変更することになったのです。よって、たぶん、前田先生は落ちます

失礼な! まだ1勝すれば残れる、とは思ったものの、話のインパクトが強く、これを聞き、私は心底、痺れたのです!! 何せ、もう戦(いくさ)はおしまい、最終局に負けても残留だと武装解除しており、連日、宴会モードで飲んだくれていたのですから......。そこに不意に鉄砲玉が飛んできて、ズタボロ~フェアにされてしまったわけで、もちろん、最終局はいつも以上にボロボロの負けです。

それにしても、受話器越しのSさんの声は妙に弾んでおり、非常~に嬉しそうだったのが気になっていました。

ファンの声の真相は

最終局には負けたものの、悪運は強かったようで、他の対局の結果により、かろうじて降級は免れました。

そして3カ月後。Sさんの弾んだ声の真相が明らかになったのです。

実は、「多くのファンの声」は寄せられていなかったのです。いわば虚偽の申告でした。Sさんは長年、総務の仕事を努め、その役職は会長の秘書という花形の立場でした。それが、「手合い係」に異動。ここは対局日程の調整で大変な部署です。わがままな棋士の相手で嫌な思いもたくさんしたのでしょう。彼から見れば、"棋士=将棋を指す猿"ですから、日頃の鬱憤が積もり積もっていて、わがままなお猿さんに鉄槌を下し、溜飲をさげたかったのでしょう(と思います)。

(※ちなみに、この話は30年以上も前の話、まだまだ世の中がおおらかな時代の話です。現在、手合係からの連絡は用件のみで、余計なことは連絡してきません。私の時代の将棋指しには、ちょっと寂しい気もしますがネ。)

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